第23話:憑き物
その日の夜半頃。上江洲を大将とする鴉天狗の一団が、百人の侵蝕人からなる集団と合流を果たした。鵺丸本隊である。 上江洲たちが幕府軍を引きつけている間に、鵺丸は侵蝕人たちをこの場所へ移動させていた。侵蝕人を守ることが鴉天狗の使命であり、この戦…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第24話:大名家の血筋
「はぁ……分かったよ。あの話は無しだ。奇兵に残るかどうかは、自分で決めろ」 鴉天狗という取引材料を失って、柘榴はがっかりだった。 本当は、柘榴にとって約束はどうでも良かったのだが、鴉天狗の捕虜を得られないのは思わぬ誤算であった。人質さえあれ…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第25話:甲斐奇兵
栃の実は古くから重宝されてきた保存食の一つで、乾燥させれば十年は持つと言われている。栃の木が多いこの山でも、戦時の為に備蓄されていたようだ。 とち餅を食べながら、影狼は伊織から信濃国の情勢を聞かされていた。 幕府四天王の松平兼定がこの地を…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第26話:信濃騎兵
栃波山の麓に布陣して七日目の早朝。朝廷軍は歩兵五千を先鋒として山への進軍を開始した。 蛇のようにうねった山道を、群青色の軍隊が一列になって進む。 林が切り開かれただけで、ほとんど整備されていない道。そこを整然とした列で行軍するのは極めて困…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第27話:邪気の性質
それは、はたから見れば奇妙な光景であったろう。あの影狼が、憎き柘榴に教えを乞うている。どうやら好奇心が敵意を上回ったようだった。幸成ですら教えてくれなかった妖刀術を今日やっと、教えてもらえる。「なにから始めるの?」「そうだな……」柘榴は、…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第28話:夜行性
栃波山での一戦から二日。あれ以降、朝廷軍に動きは見られない。 信濃騎兵に恐れをなしたのも一つの理由かもしれないが、決定的となったのは昨日の早朝から降り出した雨だった。雨はこの日の正午まで降り続け、地面のぬかるみは日が沈んでからも消えること…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第29話:一騎当千
松明をかかげた大軍団が、峠道を一列になってこちらへ向かってくる。茂みの奥からその様子を眺めて、影狼は鼓動がはやくなるのを感じた。「来たぞ……あれが朝廷軍だ」 隣でそうささやいたのは伊織。彼も興奮しているようだが、影狼とは正反対の感情を抱い…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第30話:甲信両鬼兵
最初の雷撃は確かに海八に命中した。 雷霆は安全のために邪気を調整されているから、この化け物に決定的な一撃は入れられない。だが、次の攻撃に繋げるのならばそれで十分だった。 雷撃を受けて硬直した海八に、影狼はもう一方の妖刀で突きを繰り出すが―…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第31話:鉛弾 vs 肉弾
兼定が現れると、朝廷軍の戦意は目に見えてくじけていった。 数の上ではまだ朝廷軍が上回っているが、狭い山道では両端から戦力を削られるだけで、その優位を活かすことも出来ない。全滅は時間の問題だ。 軍の全権を委ねられた高遠は、ワナワナと拳を震わ…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第32話:憂える夜明け
戦が明け方まで続いたこともあり、負傷者の救出だけを済ませると、兵の多くは陣地へ帰された。一度睡眠をとってから残った仕事を片付けようということである。 しかし奇兵陣地には、そんな配慮は歯牙にもかけずにはしゃぎ回る者が多い。最後の最後でやって…
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第33話:新天地
鴉天狗が越後の国境を越えたのは、十一月二十六日――信濃の合戦が中盤に差し掛かる頃のことであった。越後は北国の割に冷え込みがそれほど厳しくなかったが、山道と連日の大雨が徐々に一行の体力を削っていった。甲斐八幡の本拠地を出てからすでに十日。体…
妖峰戦記-宝永の乱-【第三章】
第34話:殲鬼隊の鬼
犍陀多《かんだた》――それが武蔵坊の父の名だ。 故郷の大滝村では、父が妖怪であることを隠し続けていたが、名前くらいは村の誰もが知るところであった。だから武蔵坊も、他人の口からその名が出ることにいちいち驚いたりはしないはずだったのだが、今回…
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