第一章 鴉天狗の変

 戦国の世から100年――宝永大噴火を幕開きとして、日ノ本は再び動乱の時代を迎える。
 地獄へ通じていたのだろうか、歴史上類を見ない大噴火は火山灰だけでなく、夥しい数の妖を生み出した。その邪気は妖壊滅後も日ノ本を漂い、人々の心を侵食していった。この混乱に乗じ、朝廷は西洋の強国を後ろ盾に、倒幕の兵を挙げた。
 邪気に侵された者を救う組織『鴉天狗』のもとで育った影狼はある日、半妖の武蔵坊、義兄の幸成とともに破邪の誓いを立てた。しかし朝幕の争いが激化する中、鴉天狗は妖の軍事利用を進める妖派と対立。幕府からも軽視されるようになる。そして遂には妖派との武力衝突が起こってしまう。この騒動で鵺丸は人格が豹変し、幸成は命を落とした。幕府・妖派から追われる身となった影狼は、武蔵坊とともに武蔵国へ逃亡することとなった。
 逃亡中、影狼たちは南国メランからやって来た親子と巡り合う。鴉天狗に未練のあった武蔵坊は「故郷に戻る」と告げて鵺丸のもとへ向かった。思いがけずメランの親子と旅をすることになった影狼には、妖派の追手が迫る。

 

☆登場人物・用語
【新登場人物】
武蔵坊むさしぼう
 人間の母と妖怪の父を持つ半妖。鵺丸との出会いをきっかけに、侵蝕人の救済を志すようになる。
鵺丸ぬえまる
 鴉天狗の代表。かつては殲鬼隊の一隊長を務めたことがある。
みなもと幸成ゆきなり
 鵺丸の腹心。父は殲鬼隊で殉職している。影狼の義理の兄。
影狼かげろう
 主人公。大名家に属する元殲鬼隊の父を持つ。訳あって源家の里子となっている。
*ヒューゴ
 南の島国、メラン諸島からやって来た生物学者。
*ヒュウ
 ヒューゴの息子。
梅崎うめざき勝正かつまさ
 甲斐国、来方家の家臣。逃亡した影狼たちを追う。
らい
 梅崎と同伴の少女。その身体に妖の力を宿している。
上江洲うえずまこと
 鴉天狗の幹部。元殲鬼隊で、偃月刀を扱う。
村正むらまさ
 鴉天狗専属の刀鍛冶。妖刀を数多く製作している。
山梔子くちなし
 月光の忍。侵蝕が限界を迎えたとして、幸成の母を毒殺した。
唯月ゆいげつ
 月光のくノ一。武蔵坊の帰郷に同行した。

【新用語】
殲鬼隊せんきたい
 大噴火で大量発生した妖怪を殲滅した剣豪衆。朝廷の挙兵により解散。
鴉天狗からすてんぐ
 侵蝕人の救済を掲げる組織。代表は鵺丸。
月光げっこう
 鴉天狗と契約を結ぶ忍衆。
妖派あやかしは
 妖の軍事利用を進める幕府の一派。
・メラン諸島しょとう
 日ノ本の南にある島国。西洋人が移り住み、高度な文明を持つ。
皇国こうこく
 朝廷勢力。西洋の強国を味方につけ、王権復古を目指す。
羽貫衆はぬきしゅう
 ヒュウが影狼に紹介した武蔵国の傭兵集団。
妖術ようじゅつ
 妖の力を利用した術。
妖刀ようとう
 妖の亡骸から作られた刀。内蔵された邪気により妖術が発動する。
海猫うみねこ
 邪気のない不思議な妖刀。幸成が所持し、彼の死後は影狼が受け継いだ。
穢土えど
 地獄と同義。
大滝村おおたきむら
 武蔵国の小さな山村。武蔵坊の出身地。
八幡宿やはたじゅく
 甲斐国の宿場町。鴉天狗が拠点としていた地。

 

*  *  * 見どころ *  *  *

 〜破邪の誓い〜
「鴉天狗はいつからこうなったんだよ!? 侵蝕から人を守るための組織じゃなかったの!? これじゃあ、今まで幕府がやってきた事と、何も変わらないじゃん!」
「違う……! オレたちは、彼らの尊厳を守っているんだ。半人前のお前に、何が分かる!」
 治療法もなく増えていくばかりの侵蝕人を、鴉天狗がどうしていたか――偶然秘密を知ってしまった影狼は、鴉天狗への失望と怒りを義兄の幸成にぶつけた。幸成も同じ思いであったが、鴉天狗の次期代表として、素直にそれを口にできなかった。
 そんな二人の兄弟ゲンカを止めたのは、鵺丸が新しく迎え入れた半妖――武蔵坊だった。牢で死を待つだけだった武蔵坊が鴉天狗にやって来たのは、自らと似た境遇の侵蝕人を助けるため、そして生きる目的を与えてくれた鵺丸の力となるため。
「オレたちで鵺丸にあっと言わせてやろうぜ。侵蝕を止める方法を見つけて、本当の意味で侵蝕人を救う。それでこそ鴉天狗だ!」
 武蔵坊のその言葉で三人は一致団結し、破邪の決意を固めたのであった。

 ~鵺丸豹変、幸成涙の決意、そして願いは受け継がれ~
「あなたは一時の感情に任せて、人として超えてはならぬ一線を超えてしまった」
 妨害工作を繰り返す妖派と、それを黙認する幕府。鴉天狗内では幕府に対する反感が強まっていた。そんな中、再び妖派が鴉天狗を貶める噂を流す。直談判に向かう鵺丸と幸成だったが、挑発で応じられ、遂に事件が起きる。鵺丸が、その場にいた妖派をすべて斬殺してしまったのだ。そして幸成に告げる。幕府を討つべしと――
 穏健だと思っていた鵺丸の突然の豹変。戸惑いながらも、幸成は一線を越えてしまった師に引導を渡すべく、次期代表として始末を付けるべく、妖刀海猫を引き抜く。
 実力と経験で数段上回る鵺丸に対し、幸成は密かに身に付けていた術で不意を突き、勝利を掴みかける。そして師への思いを告げて、止めを刺しにかかるが、鵺丸にも隠し玉があり――
 影狼が武蔵坊を連れて駆け付けた時には、すでに幸成は瀕死の状態だった。幸成は、鴉天狗再起の願いと妖刀海猫を影狼に託し、息絶えた。

 ~武蔵坊と鵺丸の再会、恐るべき計画~
「武蔵坊……お主はこの儂をどうしたい? ここへ来たのは儂を助けるためか? それとも、殺すためか?」
 幕府から追われる身となった武蔵坊は、道中で巡り合ったメラン人に影狼を託し、自らは故郷へと向かった。そこで出くわしたのは、集落に残っていると思われた鴉天狗の者たち――そして鵺丸だった。
 幸成を殺めた鵺丸を問い詰める武蔵坊だったが、鴉天狗が蜂起に至った事情と、独立勢力越後国への亡命計画を知らされる。現実離れした計画だが、鵺丸の妖術、月光の能力があれば不可能ではないと思われた。他に鴉天狗の侵蝕人を守る方法もなく、武蔵坊は再び鴉天狗に加わることを決めた。

 ~妖派の追手、解き放たれる邪の力~
「雲化の術……妖派の最も偉大な研究成果の一つだ。妖術を使えないあの小僧では、來には勝てん」
 妖の力をその身に宿した少女――來。次元の違う能力を見せつけられ、影狼は手も足も出なかった。負けず嫌いの影狼としては、ほぼ同い年であろう來に屈するわけにはいかない。感情的になりつつも、ライの妖術を冷静に分析し、一か八かの勝負に出る。

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