妖峰戦記-宝永の乱-【第一章】

 

其の乱の始まりは妖峰の大噴火

戦国の世から100年――宝永大噴火を幕開きとして、日ノ本は再び動乱の時代を迎える。

噴煙とともに現れたのは夥しい数の妖怪だった。国中の猛者を集めた殲鬼隊がこれを殲滅したかに思えたが、妖怪が残した邪気はその後も日ノ本を漂い、人々の心を侵蝕していった。この混乱に乗じ、朝廷は西洋の強国を後ろ盾に倒幕の兵を挙げた。

邪気に侵された者を保護する組織“鴉天狗”のもとで育った影狼はある日、半妖の武蔵坊、義兄の幸成とともに破邪の誓いを立てた。しかし朝幕の争いが激化する中、鴉天狗は妖の軍事利用を進める妖派と対立。幕府からも軽視されるようになる。そして遂には――

歴史ロマンと異能バトルが融合した新感覚和風ダークファンタジー!

主要登場人物・用語

【登場人物】*武蔵坊《むさしぼう》 人間の母と妖怪の父を持つ半妖。鵺丸との出会いをきっかけに、侵蝕人の救済を志すようになる。*影狼《かげろう》 主人公。訳あって源家の里子となっている少年。*鵺丸《ぬえまる》 鴉天狗の代表。かつては殲鬼隊の一…

プロローグ

 渦巻く巨大な雲が陽光を遮り、妖しげな光を地上に落としている。 その光を浴びて赤く染まる森の奥から今、一匹の獣が飛び出した。それは狼にも似ていたが、漆黒の毛で覆われた細い体と頭ほど大きな牙は、日ノ本に棲むどの種からもかけ離れている。魔界のよ…

第1話:武蔵国の半妖

 宝永二十七年。 妖の多くは駆逐されたが、日ノ本の人々は未だに見えない恐怖にさらされていた。 いつからか宝永山の周辺地域で、何かに憑りつかれたかのように暴れ狂う者が続出するようになったのだ。彼らは侵蝕人《しんしょくじん》と呼ばれ、ある者は妖…

第2話:侵蝕の果て

「鵺丸様、本当によろしいのですか?」 ようやく着いた町で迎える夕刻。鵺丸たちは丸一日かけて甲斐国の八幡《やはた》まで来ていた。問いかけたのはその従者の一人である。 源《みなもと》幸成《ゆきなり》。 鵺丸が最も信頼している部下である。一行の中…

第3話:破邪の誓い

 この日は鵺丸の屋敷で葬儀が執り行われた。 創立以来、長らく鴉天狗を見守ってきた者の急死を、人々はひどく悼んだ。 死因は過度の侵蝕による衰弱死。実際には存在しない現象であるが、その実状は鴉天狗の幹部にしか知られていない。 参列者が去った後、…

第4話:人である証

 幸成が海猫を手に入れたのは十五歳の時。 その日幸成は、妖刀|蒐集《しゅうしゅう》に夢中になる鵺丸に忠告したものだった。妖刀が妖怪の亡骸からできた刀である以上、使い続ければ当然邪気が移る。ほどほどにしなければ、身を滅ぼすことになると。「まあ…

第5話:豹変

「どこ行くんだよ!? せっかく晩飯作ってやったのに」 影狼の声が家中に響き渡った。その声の先では、帰って来たばかりの幸成が何やら支度をしている。「悪いな影狼。急用だ。うちが幕府を潰そうとしてるって噂があるのは知ってるな? 月光がその出所を突…

第6話:願いを継ぐ者

 遠方で強まる邪気を、武蔵坊も感じ取っていた。 何せ妖怪である。 方角的に見て、発生源は恐らく鵺丸の向かった先だ。彼は今、何者かと戦っている。何となくそんな気がした。鵺丸なら大丈夫だとは思うが、邪気はいっこうにやむ気配がない。 何かがおかし…

第7話:異国の旅人

 武蔵坊は少年の寝言で目が覚めた。 惨劇の夜が明けて、辺りには木漏れ日が点々と落ちている。 あの後、二人は夜通し逃走を続け、ここ武蔵国にまで辿り着いた。それについて来れた影狼の体力には驚いたが、やはり人間。休憩に入った途端、死んだように眠っ…

第8話:乱世の再来

 紅と緑に彩られた下り道も終盤に差しかかり、眼下では大きな盆地が展開している。もうひと山越えれば平野へと出られるようだ。「影狼~元気ないぞ」疲弊の色を浮かべる影狼を見て、ヒュウが言った。「そろそろ休もうか?」「……うん」 影狼はため息をつい…

第9話:生き甲斐

 ゆったりとしたお昼時に、それはやって来た。 不快な、けたたましい鳴き声が村中に響いた。五尺はゆうに超えているであろう大百足が、大滝村に迷い込んだのだ。「よせ武蔵! いくらあんたでも……ありゃ無理だ!」「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」 友…

第10話:守るべきもの

 会いたかった――しかしどこか近寄りがたい。 武蔵坊に生きる目的を与えたのは鵺丸であり、それを奪ったのもまた鵺丸である。 邪道に堕ちたこの男を前にして、怒りでもない、畏れでもない何かが、武蔵坊の中で渦巻いていた。「どうした? もっと近くに来…