カテゴリー: 創作論

文脈を作らない書き方/新作公開のお知らせ

御無沙汰です!
現在、新作の第五章(一章=一話で書いています)が終盤に差し掛かったところですが、書き始めてから一ヶ月くらい掛かってしまっています。計画的二度寝作戦(早く寝て、深夜に起きて、目標分まで書いて寝る!笑)でなんとか詰まっていた場面を切り抜けました。

遅筆を改善するために、最近は主に生活習慣を見直しているところですが、書き方についてもまた少し思うところがあったので、今日はそれを書きます。

【文脈を作らない書き方】
文章を書いていて、いざ読み返してみると「なんか違うな」と思うことがあります。
文法がおかしいわけでもない。単調なわけでもない。延々と悩んで書いては消して、それが原因で書くのが嫌になってしまうことが、結構多いように感じます(違和感があってもとにかく書き進めるやり方がよく推奨されていますが、私の場合は全部書き直す羽目になりそうで……笑)。
そこで思いついた対処法が、地の文に「文脈を作らない」ことです。
私の場合、書きたいことを無理に詰め込もうとするので、文脈に歪みが生じるのだと思います。
ならば最初から文脈がなければいいじゃないか、というわけです。
「文脈を作らない」なんて、そんなことできるのかと思われるでしょうが……例えば漫画なんかは文脈がなくても成立しています。つまり、漫画で表現できること――情景描写に絞って書くということです。

実はこれ、以前二回にわたって話した「情緒的な文章」なんじゃないかと思います。
情緒的な文章は理路整然としているわけではないけれど、余計なことに頭を使わなくていい分、心地良く感じる――なんてことを書きましたね。
文脈を生まない、絵的に表現できる文章は「ふ~ん」で流せますが、
そうでない――思考や知識が絡んだ文章が出てくると、読者はそれが出てきた意味を考えます。なのに意味を持たせないままにしてしまうと、もやもやが残り、違和感となるでしょう。作者としてはその一文を書きたかっただけで、これといった意味はないのですが笑
どうしても書きたければ、会話文にさりげなく入れたり、地の文に入れるならちゃんと話の中での意味を持たせるか、ただの豆知識だよと分かる形にする必要があるかと思います。

「文脈を作らない」書き方は、文章の美醜を問わなければすらすら書けてしまいます。
特に新作の場合は一人称なので、多少は雑に書けます。むしろそれが主人公の魅力を引き立たせることも。
もちろん文脈を作るところは作ります。書き出しなんかは特に、状況説明や豆知識から入ると読者も物語に入りやすいと思います。作者からすれば、書き出しは書き損ねた豆知識を書くチャンスでもあるかと(前後の繋がりをほぼ無視できるから)。要はバランスですね。

ということで、詰まった時は「文脈を作らない」書き方を意識してみようかと思います。
なんだか一人称を書くようになってから、いわゆる「情緒的な文章」を書く頻度がかなり多くなった気がします。『宝永の乱』に戻った時、どうなるんだろうか。

【新作公開のお知らせ】
個人ブログ『幻想歴史資料館~ナマオの館~』にて、プロローグまでを公開しました(と言っても、プロローグはすでに近況ノートで公開してますがね笑)。
本当なら第六章まで書き上げてから公開する予定でしたが、これ以上遅らせるわけにもいかないので、とりあえず。
まあ二月中に第六章が書き上がれば、予定通りと言えなくもない。

ネット小説にプロローグは必要か

※カクヨムの近況ノートでの交流で書いたものに少し書き足した内容となっています。

 

だいぶ前のことですが、プロローグ不要論なるものを見たことがありました。「プロローグがある作品は駄作」とでも言わんばかりの強い論調だったような気がします。

私が見たのはかなり極端なものでしたが、やはりプロローグはない方がいいといった意見は、少なからずあるようです。理由としては、「内容がない」「本編との繋がりが薄いから読む必要がない」「せっかく物語に入り込んだと思ったら、第1話でまた新しいのが始まって……疲れる」などがあるようです。

そう言えば、『宝永の乱』をカクヨムに投稿したての頃は、なぜかプロローグがすっ飛ばされる現象が起きていました(PV数が第1話の方が全然多いという……)。

『宝永の乱』はプロローグを読まないと内容が分からない構成にしているので、プロローグはほぼ必須だったんですよね。それをすっ飛ばしていきなり第1話を読んで、「なにこれ分からない」と離脱されてはたまったものじゃないです。今は第1章の方に移した効果があったのか、ちゃんと第1話より多く読まれるようになりましたが。

 

私は「プロローグは必要」派です。

無理に入れなくてもいいんですけどね。必要だと思えば入れればいいんです。

そもそも、「内容がない」「本編との繋がりが薄いから読む必要がない」だのって、そんなのは作品によるじゃないですか。そんなしょうもない先入観でプロローグをすっ飛ばすのは、読者にとってもなに一ついいことはないと思います。

プロローグには、その作品の世界観を掴んで自分に合っているかを見定める大事な役割があると、個人的には思います。たいていは字数が少ないので、気軽に読めます。これが読者にとってのメリットです。

漫画でも、ファンタジーや歴史ジャンルの作品は、扉絵の前にプロローグ的なものが入ることが多いですよね。ページ数の都合で第1話に含まれてはいますが、内容的には区切ることもできるはずです。

作者にとってのプロローグを書くメリットは、迷っている人に「まあプロローグくらいなら読んでみよっか」と思わせられることではないでしょうか。

いきなり第1話だと、どこまで読めばその作品の世界観を掴めるのか検討がつかず、自分ならためらってしまいます。第1話で掴めればまだいいけど、第2話、第3話まで読まないと分からないものも……そして迷った末に読んでみて、合わないと感じた時には、まあまあな時間を消費しているわけです。内容的な区切りが悪いところで離脱したら、モヤッとしますよね。

対して、プロローグは1000字すら行かないものもチラホラ。プロローグだけ読んで「合わない」と離脱しても2分程度。内容の区切りも良いので、読後感はスッキリです。「ふ~ん、いいじゃん」と応援ボタンを押す余裕もあるでしょう。

 

プロがやってるから「なんとな〜く」入れるプロローグはともかく、

「世界観を手軽に掴んでもらう」などといった、目的を持って書かれたプロローグは、プラスになるのではないでしょうか。