柘榴の要請を受け、影狼は伊織とともに信濃国へ向かった。信濃国は朝幕の勢力圏が衝突する地となっていて、幕府四天王の一人――松平兼定が朝廷軍の侵攻を防ぎ続けていた。そこへ今回は皇国の大黒柱とも言える人物――柴田海八が攻め寄せてきた。これに対し、松平は天然の要害、伽羅倶利峠で迎え撃つ。柘榴率いる奇兵もこれに加わる。この合戦で、影狼は奇兵の壮絶な戦いぶりを目の当たりにすることになった。
信濃の戦が中盤に差し掛かる頃、鴉天狗は越後入国を果たした。越後の軍勢と遭遇し、一触即発の危機に陥るが、鵺丸のとりなしでことなきを得る。後日、越後大名は家臣を集め、鴉天狗の処遇について話し合ったが、受け入れに反対する者が多数を占める結果となった。この情報を手に入れた月光は、状況を打破するためにさらなる一手を講じる。
☆登場人物・用語
【新登場人物】
*松平兼定
信濃国大名。幕府四天王の一人。皇国の侵攻を幾度なく退け続けた堅実な戦略家。
*竹中喜兵衛
松平家の武将。槍の名手。数々の戦で一番槍をあげてきた気鋭の若武者。
*清末利一
奇兵。妖刀・血海鼠の使い手として知られる狂戦士。
*柴田海八
皇国の重鎮。皇国の黎明期に活躍した。妖術をなんらかの方法で身に付けている。
*小笠原長矩
皇国の将校。民兵の台頭に不満を抱いていた。喜兵衛に討ち取られる。
*高遠頼卿
皇国の将校。軍制改革以降から頭角を現していた。伊織に討ち取られる。
*吉良義秋
越後大名。豪胆かつ謙虚な性格で、家臣から厚い信頼を得ている。
*本庄信繁
吉良家家臣。向こう見ずで好戦的な性格。殲鬼隊で五本の指に入る実力者とも。
*新発田晴家
吉良家家臣。元殲鬼隊。鴉天狗の受け入れには懐疑的。
*色部正成
吉良家家臣。幕府に対抗するために鴉天狗を受け入れるべきだと考えている。
*甘粕信忠
吉良家家臣。今は亡き元殲鬼隊の父の影響で、鴉天狗の受け入れに好意的。
*笹野才蔵
鴉天狗幹部。元殲鬼隊。武蔵坊の父――犍陀多のことを知っていた。
*犍陀多
武蔵坊の父。殲鬼隊の陰の隊員として活躍していたという。
【新用語】
・皇国陸軍
軍制改革により誕生した皇国の戦列歩兵部隊。プロセインから指南を受けている。
・甲信両鬼兵
幕府軍の最精鋭にあたる甲斐奇兵、信濃騎兵を指す。
・プロセイン
西洋の軍事大国。皇国に全面協力している。その目的は……。
・伽羅倶利峠
信濃国栃坡山の峠。平安と宝永、二度にわたって凄惨な戦が行われた地。
・斬鬼丸
伊織の妖刀。斬られた者に癒えない傷を与えるが、あまり役に立たないらしい。
・血海鼠
清末の妖刀。普段は金棒のような見た目だが、戦になれば刃翼へと姿を変える。
・雷霆
柘榴の妖刀。影狼に貸し出し中。雷撃を繰り出すことができる。
・鳳仙花
柘榴の妖刀。起爆性の花弁を自在に操る能力を持つ。
・部分侵蝕
体の一部位に特化した侵蝕方法。多くの場合は妖怪から部位を移植している。
・全身侵蝕
全身に妖怪の血肉を取り込む侵蝕方法。妖怪の血肉を直接食らう場合が多い。
・鉄囲山脈
八座の山々が渦巻き状に連なる特異な山脈。越後南西部にある。
・須弥仙岳
鉄囲山脈の中心にある山。越後の宝永山とも呼ばれ、様々な伝説が残る。
・善見山城
越後吉良家の本城。鉄囲山脈の須弥仙岳と善見山の間にある。
* * * 見どころ * * *
~信濃の守護神~
「この栃波山は天然の要塞。敵の数が二倍三倍程度ならば容易に撃退できる」
対皇国の最前線――信濃を守るのは、幕府四天王の一人に数えられる松平兼定という男。守護神と呼ばれているように、とにかく負けない戦をするのが彼のやり方である。平地で力を発揮する最強の騎馬隊を持っておきながら、平地での決戦を望む皇国の挑発にも応じなかった。そして痺れを切らした皇国軍が山に入ったところを、地の利を活かした戦術で散々に打ち破ったのである。
~狂気の西洋かぶれ海八、影狼の闘志~
「ダメですよ、奇兵が逃げちゃ。戦わない奇兵に存在価値はありません」
夜間の戦闘となった第二戦。夜行性の奇兵は数で遥かに上回る皇国軍を圧倒する。しかし圧倒的な強さを誇る奇兵を、単騎で蹴散らす者が現れた。皇国軍総大将の柴田海八である。危険を感じた伊織は、影狼と來とともに戦線を離脱するが、あろうことか海八は彼らに狙いを定める。
伊織と來は、影狼を逃がすべく足止めを試みるが、手も足も出ない。自分のために命を張る二人を見て、影狼は決意を固めた。
「これでもオレは鴉天狗の人間だ。邪血を守るべき人が邪血を身代わりにして逃げるわけにはいかない」
頑なにそう言い張る影狼に、伊織も観念し、三人で連携して見事海八の撃退に成功する。
~決死の奇兵~
「お前も邪血を見下す人間のようだが、この戦で思い知っただろう。オレたちを見くびると痛い目に遭うってことをな。戦場ではオレたち奇兵が一番だ」
断崖に追いやられた皇国軍は、将校高遠の一声で死兵と化した。そうして信濃騎兵が苦戦しているところに、ある奇兵の一隊が投入された。彼らは侵蝕が限界を迎え、殺処分される予定だった者たち。それならばいっそのこと、戦場で華々しく散ってしまおうという者たちであった。彼らの決死の突撃で皇国軍の最後の抵抗は潰えた。
~亡命を果たした鴉天狗、さらなる波乱の予感~
「いいだろう。どうせ行き着く先は同じだ。殿の命が下るまで、あと少しだけ生かしてやる」
幕府軍の追撃をかわし、越後入りを果たした鴉天狗。しかし越後も幕府から離反しているとはいえ、鴉天狗を無条件で受け入れることはしなかった。賛否が分かれる中、月光は次の行動を開始する。
「お前、犍陀多の子だろ?」
越後の返答があるまで、鴉天狗は野宿をすることとなった。そこで武蔵坊は、幹部の才蔵という男から、思いがけずも父犍陀多の話を聞くことになる。そして犍陀多が殲鬼隊の陰の隊員だったことが明かされ――
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